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イギリスゆるデイズ

果たしてイギリスでゆるく過ごせる日が来るのだろうか

【新卒就職活動からの学び_1】

下書きで保存になっていた記事を今更再編集した。笑

 

 

 

『ほぼ日日刊イトイ新聞』

の 大人の小論文教室(170222配信分)から。

 

http://www.1101.com/essay/2017-02-22.html

 

私よりもはるかに年下の大学生が皆進路に真剣に悩み、自分の考えを持っている。

自分は彼らの年代の時どうだっただろうか。社会の風潮や周囲の意見に流されていなかっただろうか。

 

 

恥ずかしながら答えは、限りなくNoに近い。

 

 

自分が働くことに強く意義や意味を求めていることには実際に勤めだしてから気付いた。

 

 

 

■就職活動をしていた頃の私(21歳)

 

 

何故そこまで気が付かなかったのか。

 

理由は簡単で自分のキャリアを真剣に考えていなかったと思う。

 

私の就職活動が活発化したのは大学3年生の12月。

とにかく早く就職活動を終えたかった。笑 もともと、人と競うことが苦手なのだ。

就職活動が終わってから卒業までの1年を有意義にどう過ごすかで頭がいっぱいだった。

 

 

■私のみていた業界

 

①アパレル業界

 

好きなものはあった。

当時は洋服。セレクトショップでの販売の仕事は好きだった。

ブランドの新作を一早く目にでき、コーディネートを考えたり、私に顧客がつくこともあり、楽しかった。

飲食店で働いている友達のバイト先に比べ、職場がものすごい仲がいいわけではなかったが残業も進んでやっていた。

 

アパレルに進むことは考えなかったのかとよく聞かれる。

 

父がアパレル関連の仕事をしていることもあり、苦労しているのは知っていた。

これからの伸びしろがなかなか見出せない業界に飛び込んでいいものかいつも考えていた。

たとえ、大手企業に就職しても販売員からの仕事になるだろう。

それは私のライフワークには合わない、これははっきりと分かっていたし今も同じ意見だ。

 

② 繊維商社

 

次に目をつけたのが繊維商社での仕事だった。

営業で経験を積んだ後に企画職に就き、商品を提案する側に回り、流行を作る一端となれるかもしれない、と考えた。

だがゴリゴリの商社の中で女性が仕事がしていけるのか、そもそも内定までたどり着けるのか未知だった。

先輩社員に女性がいても相応のスペックを持っていた。(英語話せるとかね。)

スペックも何もない一般女子(世間知らず)がそのような立場までいくにはどうしたらいいのか・・

今だったら活躍している女性がどんな風にキャリアを気付いているのか調べて

自分なりのキャリアプランを立てることができたかもしれない。(結構頑張らないとできないと思うけど。笑)

 

私は完全に情報不足のまま就職活動に臨んでいた。

 

 

③ 航空業界

 

母の勧めで笑

確かに世間体もいいし、マナーは身につくだろうし、出会いも沢山あるだろう。

そしてなにより丸山敬太がデザインした制服には女子の私は一度は憧れた。

いいか悪いかはおいといて、そもそも私はよく人当たりがいいといわれるのだ。

だからサービス業を選んだのは間違っていない気がする。

 

航空業界は門戸の広い業界だとおもう。

学歴学歴と騒がれる古い企業気質も多く残っている中、熱意があれば誰にでもチャンスがある業界だと思う。

(あと企業研究を死ぬほどすること。)

ただ、私は幼い頃からCAになることだけを夢見てきた人たちの熱量に完全に押されていた。

結局、入社試験が始まってからも自分の気持ちと周囲の士気の高まりとのギャップについていけず悩み、

二次選考以降は進めず、残っていた選考も辞退してしまったような気がする。記憶が曖昧。笑

(このころは選考試験の準備で毎日へろへろ+試験のプレッシャーでよく金縛りにあっていました笑)

振り返ってみるとお世話になった人の期待に応えたくて一番力入れていたんだな〜と再認識。

 

その他もメーカーとか見てたな。

航空業界の選考の日々がきつくてその合間に受けてた企業の選考は肩の力抜きまくりで受けていた。

そんな中内定もらったのが、前職場の総合商社。

最終面接では自分を出せたと思ったけど、力抜いていたのと間違えていたのかな笑


 

 

『新卒就職活動からの学び_2』へ続く..